肝細胞の形態

細胞外マトリクスによる肝細胞の分化維持機構

 肝臓は栄養素の代謝や薬物代謝など多様かつ重要な役割を担う高度に分化した臓器である。肝細胞培養は栄養素による代謝変動を調べるの非常に良い実験系であり、これまで多くの研究で樹立肝細胞株や初代培養肝細胞などが使われてきている。しかし、樹立肝細胞株の多くは肝癌細胞であり、肝臓実質細胞とは異なることもあるため肝癌細胞から得られた結果を生体に反映しにくいことも多々ある。これまで最も肝臓細胞に近いと考えられてきた初代培養肝細胞においてもアルブミン遺伝子の発現など肝臓特異的機能が培養に伴い顕著に低下する(1)。我々は細胞外マトリクス(ECM)を基底膜成分に近いEHS-gelを使用し、肝細胞を球形で培養することにより培養細胞においても肝臓にかなり近い肝細胞を維持できることを様々な酵素について検討してきた。その結果、EHS-gel上で培養した肝細胞は肝臓特異的遺伝子発現を高く維持し(アルブミン、アポリポタンパク質A-I、チロシンアミノ基転移酵素、フォスフォエノールピルビン酸カルボキシキナーゼなど)、さらにホルモンによる酵素の誘導が肝臓で起こるものに近いことが明らかとなった(リンゴ酸酵素、HMG-CoA還元酵素など)(2,3)。初代培養肝細胞では遺伝子型を変えずに、人為的に肝臓表現型を変えることができるため、肝臓の分化がどのように制御されているかを研究するための非常に優れた実験系であると考えられる。これまで肝臓の表現型を決める重要な転写因子としていくつかがクローニングされてきたが、今のところ肝臓表現型を決めるヒエラルキーの頂点に位置する因子は見つかっていない。我々は、肝臓特異的因子の中でHNF-4が肝臓表現型を決めるヒエラルキーの比較的上位に位置する因子ではないかという可能性を示唆する結果を得た(4)。

 様々なECMを使用して肝細胞を培養したところ、細胞が球形になるほどHNF-4のmRNAは高く保たれていた。ECMは1)インテグリンを介して直接情報を伝え遺伝子発現を変動させる可能性と、2)細胞形態を変化させることにより間接的に遺伝子発現を変動させる可能性が考えられる。さらに、これら2つの可能性は、はっきり分けることが容易ではないものである。細胞の形態がHNF-4のmRNA量を変化させたのか、インテグリンを介したECMの情報が直接影響しているのかについて検討するため、ECMと細胞との接着をなくした2種類の肝細胞培養を行った。特定のECMを用いないプラスティック上での培養と、浮遊培養でECMとの接触のないスフェロイド培養である。両方の培養で肝細胞は細胞同士凝集した3次元構造を維持した形態を示し、HNF-4mRNAは単層培養に比べ高く維持されていた。この結果は、特定のECM成分の直接作用を介さず細胞形態はHNF-4遺伝子発現を高く保つことにより肝細胞の分化状態を維持したことを示している。次に、ECM成分を変えずに細胞形態を変える培養法を行った。肝細胞はディッシュにコートするコラーゲン量によって細胞形態を変えるため、同一ECMを用いて人為的に細胞形態を変化させることができる。この培養法においても、細胞形態が3次元構造を保ち球形を維持するとHNF-4mRNAが高く保たれ、肝臓特異的遺伝子発現も高く維持された。これらに結果から我々は、細胞形態は肝細胞の分化を決定する最も重要な因子の一つとして働いていると推測した。

 ECMからの情報伝達機構や、細胞間接触の情報伝達機構が他の細胞で調べられてきており、肝細胞の分化維持においてこれらの情報はHNF-4遺伝子の発現を介していることが明らかとなった。現在、肝細胞に直接情報を伝えるECM成分と肝細胞の形態を変化させるECM成分が何であるかについて検討しているが、抗接着因子としてのプロテオグリカンに注目している。

(1)K. Nawa, T. Nakamura, A. Kumatori, C. Noda and A. Ichihara: J. Biol. Chem., 261, 16883-16888 (1986).
(2)N. Matsushita, H. Oda, K. Kobayashi, T. Akaike and A. Yoshida: Biosci. Biotech. Biochem., 58, 1514-1516 (1994).
(3)H. Oda, Y. Suzuki, T. Shibata, Y. Hitomi and A. Yoshida: Anim. Cell Technol., 6, 487-490 (1994).
(4)H. Oda, K. Nozawa, Y. Hitomi and A. Kakinuma: Biochem. Biophys. Res. Commun., 212, 800-805 (1995).


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9495 Updated 5/3/97