シンポジウム等での講演


日本農芸化学会2005年度大会(札幌)
シンポジウム「脂質代謝を介する生体恒常性の維持機構」
食事因子と摂食タイミングによるコレステロール代謝の動的安定性

  小田裕昭 (名古屋大学大学院生命農学研究科)

 コレステロールは、細胞膜の構成成分やステロイドホルモンなど必須の生体成分として働くため、厳密に制御されている(恒常性を維持している)。この恒常性が壊れて、局所的にコレステロールが蓄積するのが、高コレステロール血症であり、動脈硬化症である。コレステロール代謝の恒常性を維持し、生活習慣病の予防を可能とする食生活はどのようなものであるのか?本講演では、まず数多く報告されてきている「何」を食べたら良いのかについて述べる。次に、食事の本質的意味は、「何」を食べるかだけでなく、「いつ」食べるか、つまりライフスタイルに重要性があるので、時間栄養学的観点からコレステロール代謝を検討する。

生体の動的安定性(恒常性)と非平衡性
 生体は恒常性を維持しているといわれるが、恒常性からは静的なバランスのとれた平衡系を連想してしまう。生命とは、熱力学的観点から、開放系の非平衡系における自己組織化であり、非線形的性質を持つものであるとされている。自由エネルギーを使うことによって動的な秩序構造(散逸構造)を形成しているものと考えられている。別な言い方では、エネルギーの継続的な流入と放出の中にできる「渦巻き(秩序構造、エントロピー減少状態)」にたとえることができる。生物にしてみると、食事をすることでエネルギーを取り入れ、代謝が回転してエネルギーを使うことで散逸構造が形成されるとみることができる。つまり、代謝をしていることそのことが生きていることである。そして、非線形性は、空間的には形態形成であり、時間的にはリズムとして現れる。

肝臓の日周リズムとコレステロール代謝の動的安定性
 コレステロール代謝には、合成のみならず分解にも日周リズム(24時間周期)が見られ、遺伝子発現レベルにおいて数時間で大きく変動するダイナミックな代謝系である。

 コレステロール代謝とリポタンパク質代謝の主たる臓器である肝臓は、顕著な日周リズムを示す臓器である。日周リズムは、哺乳類では視交叉上核(SCN)にあるマスター時計によって制御されている。PER,CLOCK,BMAL1などの時計遺伝子が細胞時計の発振を担っている。時計遺伝子の転写のネガティブフィードバックループによりリズム発振(時計機能)が行われる。以前、肝臓の酵素の日周リズムが盛んに調べらたことがある。多くの代謝は、それが必要なときに活性化されるように日周リズムのコントロールを受けている。ラットにおいて、糖新生は摂食時に低下し、コレステロール代謝は摂食時に活性化される。肝臓特異的転写の一つであるDBPに日周リズムのあることが見いだされ、肝臓でのリズム発振ならびに出力に重要であるばかりか、DBPによって制御されるコレステロール代謝にとって日周リズムにが重要であることが推測された。ラット初代培養肝細胞のリズムは、分離前の肝臓の日周リズムを引き継ぎ、肝細胞を分離した時間からスタートする。

摂食リズムとコレステロール代謝
 ラットを用いて肝細胞の日周リズムとコレステロール代謝について検討した。肝臓の日周リズムは、通常SCNのリズムに同調している。しかし、肝臓の日周リズムは、摂食により独立に制御されている。つまり、摂食タイミングを変えることにより、SCNのリズム(摂食)と肝臓のリズムの脱同調を引き起こすことができる。摂食リズムを壊して常に一定量ずつ摂食する条件下で、高コレステロール食を与えたところ、摂食リズムを壊すことにより高コレステロール血症がさらに悪化することが示された。このときCYP7A1やアルブミンのピーク時の遺伝子発現が低下していた。これらのことは、肝臓の日周リズムの維持は、正常なコレステロール代謝に必要であることを示している。  日周リズムの生理学的意義として2つの考えがある。1つは、未来予測性である。肝臓であれば、これから食事が来るはずであるとして肝臓の代謝系の備えをしておくためである。2つ目は、細胞はあらゆることを同時に行うことができないというものである。たとえば、行動期は、摂食や代謝が亢進し、休息時は細胞増殖が亢進するといった具合である。あれもこれもすべて同時にはできないわけである。時間的な分業をしている状態が正常な肝機能を維持している状態ということができる。正常なコレステロール代謝を維持するには、正常な時間的分業(日周リズム)が必要になってくる。

おわりに
 昔から、健康のためには規則正しい食生活が重要だといわれてきた。時間栄養学的アプローチは、その経験則を栄養学的に解明する糸口は示してくれた。肝臓の日周リズムを利用して、薬剤の投与時間をコントロールすることで、薬剤の効果を上げて副作用を低下させることに成功してきている。「何を食べるか」と同時に「いつ食べるか」を考えることで、ライフスタイルと健康を分子レベルで解明することにつながると期待される。


第11回肝細胞研究会(宇部)
シンポジウム「肝臓研究の新しいアプローチ」
肝臓の時間生物学ー肝細胞の日周リズムによる肝機能制御


第3回日本再生医療学会総会
ランチョンセミナー「バイオ人工肝の現状と将来」
肝細胞の3次元培養による高機能化の分子機構

 小田裕昭(名古屋大学大学院生命農学研究科)
はじめに
 肝臓は代謝の中心的な臓器として、栄養素の代謝、生体に必要な物質の生産、代謝最終産物の処理、有害物質の解毒などを行っている。肝機能として、糖新生による血糖値の維持、血清タンパク質の産生、尿素合成・アンモニア解毒、脂質の代謝、薬剤の解毒などがあり、これらすべてが十分に機能している状態を肝臓が分化表現型を維持している状態であるとみなされる。肝臓の総細胞数の70%をしめる肝実質細胞(肝細胞)は、これらの化学反応を短時間に処理する能力を持ち、その集合体の肝臓はまさに「生体化学コンビナート」である。しかしながら、いったん体外へ出された肝細胞はその肝機能を急速に失ってしまう。さらに旺盛な増殖能力も体外で維持するのは非常に難しい。一方、樹立肝細胞株では、増殖能力は高いものの正常肝細胞に比べ分化表現型は低い。したがって、肝細胞の持つ多機能性を応用して利用することは困難であり、多機能性どころかほとんど利用されていないのが現状である。

肝細特異的遺伝子発現を制御する転写因子
 現在のところ肝臓にのみ存在する肝臓特異的な転写因子は見つかっておらず、肝臓で豊富に存在する因子 (liver-enriched transcription factor、ここでは肝臓特異的転写因子と呼ぶ)がクローニングされてきた。肝臓特異的転写因子の制御下にある遺伝子は膨大な数にのぼり、肝臓特異的に発現する遺伝子の制御には、複数の肝臓特異的転写因子が複合的に作用して肝臓特異性の発現に貢献していると考えられている。さらに、肝臓特異的転写因子がネットワークを形成している。成熟肝細胞において分化表現型を決定する最も重要な転写因子の一つがHNF-4_であると推測される。特に脂質代謝の制御においてHNF-4_は重要であり、糖代謝の制御において重要な転写因子はC/EBP_であると考えられる。

 最近になり、オーファン核内受容体が肝臓分化表現型に大変重要な働きをしていることが明らかとなってきた。生体内代謝産物ならびに生体異物をリガンドとするLXR、FXR、PXR、CARや別タイプのオーファン受容体SHP-1が脂質代謝・薬物代謝酵素において中心的な役割を果たすことがわかってきた。これらの核内受容体が肝臓特異性を示し、「肝臓特異的オーファン核内受容体(liver-enriched orphan nuclear receptor)」と呼んで良いと思われる程に肝機能に重要な転写因子である。「肝臓特異的オーファン核内受容体」は、肝臓特異性を決める因子というよりは、むしろ肝臓表現型のファインチューニングを行う転写因子でないかと推測される。

3次元培養による肝細胞の高機能化
 肝細胞を取りまく環境因子の影響は、主にラット初代培養肝細胞を用いてその研究が行われてきた。肝臓から取り出した肝細胞を培養すると、急速に肝臓特異的遺伝子発現は低下してしまう。初代培養肝細胞で通常使われるI型コラーゲン上では、肝細胞は単層で培養され肝機能を急速に失っていく。一方、立体的な3次元培養を行った肝細胞は、肝臓には戻らないまでも肝機能をかなり維持する。このとき、肝臓特異的転写因子の遺伝子発現を見ると、HNF-4_、C/EBP_、C/EBP_遺伝子発現がEHS-gel上の肝細胞で高く維持されており、HNF-4_は分離前のレベルを維持していた。これらの結果から、成熟肝細胞の肝臓分化表現型にとってHNF-4_が最も重要な因子であり、HNF-4_遺伝子発現をマーカーとして高機能化培養法の改良が進められることも示された。肝細胞は、その形態そのものがHNF-4_遺伝子発現を介し肝臓分化表現型を調節していることが明らかとなった。肝細胞の形態は、細胞骨格タンパク質である微小管を介してその情報をHNF-4_遺伝子に伝えることがわかり、細胞形態の情報伝達には新たなタンパク合成を必要としないことが明らかとなった。また、微小管の脱重合に伴いHNF-4_が核外移行と分解により、速やかに消失することもわかった。3次元培養は、細胞を限られた空間にコンパクトに収納できるため、バイオリアクターへの応用を考えると、肝機能が増強した立体化細胞を高密度に詰め込むことができるため理想的な培養法となる。

ヒト肝細胞研究への応用
 永森のグループは、肝機能の高いヒトヘパトーマFLC-4細胞、FLC-7細胞を樹立し、ラジアルフロー型バイオリアクターにて3次元培養に応答して肝機能が亢進することを報告している。3次元培養したFLC-4細胞は、多くの肝臓特異的遺伝子発現が亢進していた。そのときに見られる肝臓特異的転写因子の遺伝子発現の亢進は、初代培養肝細胞で見られるものとほとんど同じものであった。3次元培養により亢進されたFLC-4細胞の肝機能が、ヒト肝臓に比べ低いものの十分比較し得るものであった。ヒト肝臓と比較し得るほどの肝機能を有したヒト肝細胞株の培養は他に例がない。さらに、3次元培養の肝機能に対する影響を網羅的に調べる目的でDNAマイクロアレー解析を行った。薬物代謝関連の遺伝子群(CYP, GST, UGT, ST, ADH, ALDH, EPH, ABC)の多くが3次元培養に応答してその遺伝子発現が亢進していた。他の肝機能の多くも増強されていた。

おわりに
 昨今の再生医療研究の発展はめざましく、肝細胞の応用研究(再生医学など)を取りまく状況は大きく変化してきている。様々な細胞から肝細胞を誘導することがわかってきた(胚性幹細胞、肝幹細胞、骨髄細胞、膵臓細胞など)。それらの細胞から成熟肝細胞まで分化させることは近い将来可能になると十分考えられる。理論上、その人の体細胞を用い、クローン技術を使って、胚性幹細胞を取得して、肝臓を作ることも可能となるであろう。しかし、上で述べてきたように、どのような由来の肝細胞であれ、それを利用しようとした場合に機能を最大限引き出す培養条件(例えば3次元培養)がなければ、十分な肝機能は期待できない。したがって、ラジアルフロー型バイオリアクターなどの3次元培養方の開発は不可欠である。さらに、現時点で利用できるヒト肝細胞株の財産を最大限引き出す努力が今求められている。


日本農芸化学会2003年度大会(2003.4.藤沢)
シンポジウム「生活習慣病の予防食改善を目指した「食」と「栄養」のバイオサイエンス」
肝臓の機能と「食」と「栄養」のバイオサイエンス ー肝臓を守る食品、肝機能を強化する栄養、肝機能の利用ー

 小田裕昭(名古屋大学大学院生命農学研究科)
はじめに
 肝臓は代謝の中心的な臓器として、栄養素の代謝、生体に必要な物質の生産、代謝最終産物の処理、薬物の解毒などを行っている。肝臓の総細胞数の70%をしめる肝実質細胞(肝細胞)は、これらの化学反応を短時間に処理する能力を持ち、その集合体の肝臓はまさに「生体化学コンビナート」である。摂取した栄養素は、吸収された後いったんすべて肝臓に集められ再分配されるため、栄養素代謝のセンターである。肝臓の機能として、これらすべてが十分に機能している状態を肝臓が分化表現型を維持している状態、つまり正常であるとみなされる。

 肝臓病は「21世紀の国民病」ともいわれいたこともあり、肝臓病による死亡率は9位となっている。慢性肝炎の推定患者数は120万人に及ぶといわれている。特に働き盛りの中年男性に多いのも特徴である。肝臓の疾患は、肝がん、肝硬変、肝炎(劇症、急性、慢性)、アルコール・薬物性肝障害、脂肪肝などが知られている。いずれの場合も、代謝の中心臓器である肝臓の機能が低下するため、類似した症状を示す。しかし、肝がん、肝硬変、肝炎の多くは肝炎ウィルスによって引き起こされる。従って、日本における肝臓病の大半は、生活習慣病というより感染症の一つと考えられる。一方、アルコール・薬物性肝障害、脂肪肝は、生活習慣と関係が深い。また、いかなる原因であれ肝機能が低下してきたときの対処として、栄養学的アプローチが有効であることが知られている。

肝臓を守る
 肝臓は、他の臓器にみられない旺盛な再生力を有しており、アルコールなどにより肝細胞に障害が起きた場合でも、すぐに再生が起こり元通りになる。「休肝日」といわれるように、肝臓の再生に必要な時間を与え、肝臓の機能を回復している。つまり、一般に肝臓は常に障害を受けることを前提として、その機能(肝機能)が考えられている。血液検査で測定される「肝機能」は、GPT, GOT, gGTPに代表されるような肝細胞から漏れ出す酵素であり、「肝障害の指標」である。アルコール・薬剤など、肝臓に障害を起こす条件下で、肝細胞を守ると考えられる食品がいくつか知られている。経験的に知られていた食品から新たな食品成分までさまざまであるが、十分にそのメカニズムはわかっていない。今後メカニズムが解明されヒトへの応用がされると考えられるが、研究はまだ始まったところである。

肝臓の再生をサポートする
 肝臓病の治療の多くは、肝臓の再生に期待することによって成り立っている。肝機能低下に対して、肝再生をサポートする高タンパク質、高ビタミン、適正エネルギーを基礎としたバランス食が重要といわれるように、栄養学的アプローチ(食事療法)が有効である。また、血液中の分岐鎖アミノ酸と芳香族アミノ酸の比、フィッシャー比が、肝臓病の治療、生存率に重要であることが知られている。食事だけではフィッシャー比を改善することが難しく、アミノ酸補足により積極的に改善し、症状を改善する栄養治療がされている。肝機能が低下しているとき、消化器系からくるアンモニアやエンドトキシンは大きな負担となるため、食物繊維も有効である。

肝機能を強化する
 上述したように、一般の「肝機能」検査は、「肝障害の指標」であり、本当の意味に肝臓の機能を示す指標ではない。現在のところそのような指標は知られていない。肝臓に障害が起こった場合、残った肝細胞の機能を上げることができれば、限られた肝細胞で正常な肝機能を維持できることになる。肝臓を70%を切除しても生存可能であり、通常肝臓は余力を持っている。さらなる肝機能を強化する食事因子の発見、開発は予防的な肝機能強化が可能になる。後述するように、肝臓特異的転写因子であるHNF-4 (hepatocyte Nuclear Factor 4)は、成熟肝細胞の機能維持に最も重要な転写因子であることがわかり、HNF-4などの肝臓特異的転写因子が「肝機能を強化する肝機能マーカー」として利用でき肝機能強化食品の開発が可能になることが期待される。

肝機能強化の研究
 肝臓病に対する栄養学的アプローチの重要性が言われるわりに、栄養素や食品成分が知られていないばかりかそのメカニズムは十分わかっているとはいえない。その主要な原因は、肝臓研究に必要な肝機能を維持した培養肝細胞がないことである。そのため、実験動物個体での研究が中心となり、成分の特定やメカニズムの解明には、多くの困難を伴う。演者は、肝細胞の分化維持機構と肝細胞の培養法を検討した。成熟肝細胞の機能を決定する因子として、肝臓特異的転写因子HNF-4を決定し、培養により機能の低下する肝細胞を三次元培養することにより肝機能を維持することに成功した。この簡便な培養法を用いて、いくつかの肝機能を制御する栄養素や肝細胞を保護する因子の探索、ならびにそのメカニズムの解明を進めている。

参考文献
小田裕昭、日本農芸化学会誌 75: 1267-1274, 2001


Updated 5/6/05